この世の中は全て物質原理です。 それは、身体だけでなく思考も感情もです。 そう言うと、「唯物論」と早とちりする人がいますが、そうではありません。 この世の物質原理は、精神原理の反映です。 つまり、この世で体験できる全ての裏に(満たされるように?)精神原理が存在するのです。 その精神原理には良い悪いなどの二元性や性質がありません。...
ヨガは真実の私を知る方法・・・ と以前書きましたね。 真実の私を知る必要がある、という事は真実ではない私が居る、ということになります。 そのことをヨガの哲学では、「私という感じ…」(アハンカーラ)といいます。 アハン(私)カーラ(道具)で「私を作り出す道具」。 「真実の私」(アートマン)ではなく、「私感覚」です。...

サンサーラは輪廻という意味以外に、現世的生活、つまり、いま生きている世界という意味があります。 いま生きている世界という表現があるという事は、そうでない世界がある・・・ という事ですが、その世界は?あの世? インドの世界観では、あの世もこの世も輪廻の内です。 次の生まれ変わりの立場は今生のカルマによって決定します。...
カルマ・・・ 日本人でも何となく知っている言葉ですね。 クル(する)から派生した言葉で、「行為」自体を指す場合と、「行為の結果」を指す場合がありますが、後者のニュアンスが強いようです。 「業」(ごう)とも言いますね。 自業自得だよ・・・ なんて言葉を使うので、なんとなくネガティブなイメージが付きまとう言葉でもあります。 原因と結果の法則。...

好きな事をして生きるのが幸せ… ですよね??? そうだと思います。 そう考えて、好きな事探し、やりたい事探しをする人が沢山います。 それが、出来る日本はなんて幸せな国なんでしょう。 でも、好きな事が見つからなかったら??? 好きな事があっても、それが叶わなかったら??? そもそも、好きな事をしないと幸せになれない。...
ヴィディヤー(知識)のア(否定)で、アヴィディヤー(無知)です。 仏教的な表現では無明ともいいます。 普通に調べると知識や知恵がない事・・・とあります。 一般に無知と言うと、常識を知らない事、学が無い事、勉強が出来な事…などとの解釈でしょうか? ヨガで言うところの無知は、真理を知らないことです。 真理はヴェーダを学ぶことで得られます。...

「ヨガとは心の作用を制御することである。」Ⅰ-2 「チッタヴリッティ ニローダ」 として知られる、聖典ヨーガスートラの宣誓文です。 もっと厳しい表現だと、 「心の作用を止滅すること」との訳もあります。 どちらが正解か? と論争もあるそうですが、どちらも正解でしょう。 実際、元の言葉である「ニローダ」は制御・止滅の両方の意味があるようです。...
ヨガとの向き合い方と言える二つの言葉ですが、世界の全てに対しての向き合い方とも言えます。 ヨガは普遍的な取り組み(真理)を目指します。 マットの上での考えと普段は別・・・ はありえません。 ヨガで学んだ事は世界で通用します。 しかし、それはテクニックではなく向き合い方の事です。 アッビャーサは一般的に修練と訳されます。...

いやぁ・・・ 怪しい、そうとう怪しい。 苦行あたりでかなり怪しかったのに、 自在神???祈念??? いやぁ・・・これは絶対宗教だ! と逃げ腰になる人も沢山いるでしょうね。(^_^;) イーシュヴァラは大自在天として仏教に取り入れられて来日しています。...
アディヤーヤ(勉強・読書)スヴァ(自分自身)を合わせて、スヴァーディヤーヤです。 「自己学習」もしくは、「自己についての学習」です。 「自己学習」は自主性を重んじるという意味では、ヨガを深めるには必須の資質です。 「自己についての学習」は、正にヴェーダの学習です。 ヴェーダというのは、インドで古くから伝わる智識です。...

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