禁欲?梵行?(ブラフマチャルヤ)

この戒律はいろんな人によって、様々な事が書かれています。

 

因みにブラフマチャルヤは辞書によると・・・

・宗教的学習期

・ヴェーダの学習のために、バラモンの子弟が送る純潔の生活、僧侶として暮らす事

 

とあります。

※バラモンはカーストの最上位でブラフマナの訛りです

 

学習をするときには、師匠の家に住み込みです。

そんな時はもちろん禁欲ですね。

そこから、「禁欲」がクローズアップされたのでしょうか?

 

もっと露骨に、精液の無駄遣いをしない事。

とあったりもします。

精液は生命力の象徴で、無駄遣いは生命力を落とす・・・

という事らしいです。(あえて、らしいですとしておきます。)

 

しかし、言葉の意味からたどると、

 

ブラフマン=梵(至高の存在・自然法則(ダルマ)を司る者・創造者)

チャルヤー=日常業務・習慣・慣習・行

 

という意味から「梵行」、つまりダルマに則った生活をする事。

と考えたらよいのではないでしょうか???

僧侶のダルマは宗教的な儀式です。

生徒のダルマは勉強と禁欲。

家庭人のダルマは?

父のダルマは?

母のダルマは?

教師のダルマは? 

 

人間のダルマは???

 

その時代、文化、立場にあった「するべきこと」をするのがブラフマチャールヤ。

 

精液の無駄遣いも、欲望を満たすだけの行為も、資源の無駄遣いもアダルマだと言えますね。

 

やりたい事を追求する事が幸せ・・・

そんな風潮の世の中ですが、

「使命、やるべき事」を追求する幸せは、欲を満たすことの幸せより、比べ物にならない程大きいのです。

 

アヒムサーを始めとするダルマの追究をすると、自然とある程度の「禁欲」や「節制」が必要になると思います。

 

ヨガを取り組むのに、ダルマの追究がいかに大切か・・・

を理解して頂けるといいなぁ・・・と思います。